A_Shishido’s blog

映画について日々、思ったことを書いていく個人的なブログです。

新海誠監督作品における映画音楽の系譜:『遠い世界』から『君の名は。』まで

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1997年の暮れの2週間を費やし、新海誠監督が初めて制作したアニメーション『遠い世界』は、1分30秒ほどの短編作品であった。そこに付けられた音楽とは、エリック・サティによる『ジムノペディ』である。彼にとって最も興味のあった曲と映像を合わせた作品となっている。モノトーンで、文字は映し出されるだけで、音楽以外には音は付与されていない。楽曲に対して映像を合わせたのだろうと考えられるが、シーンが移り変わる瞬間と、楽曲の変化のシンクロに関して細部にまで気を配っている。また、ピアノのみで奏でられるゆったりとしたリズムは、冒頭の飛行機が上昇する浮遊感、電車の中に流れる時間の流れを効果的に表現する。そして、それらは、『君の名は。』に至るまで、彼の映画音楽の特徴の原点となっている。

 

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新海誠監督にとって、これまで最も音楽を任せてきた人物は、天門であろう。当時、ゲーム会社の日本ファルコムに勤める2人であったが、それほど接点はなく、新海誠監督が1999年のアニメーション『彼女と彼女の猫』の音楽を天門に依頼したことがきっかけとなり、コラボレーションが始まる。同作品では、音楽以外にも、「声」という音が付与される。新海誠監督は、篠原美香と共に、自ら声優も務めた。猫のモノローグから、最後の「この世界のことを好きなんだと思う。」という台詞が声によって表現され、主人公の猫と女性の内面が重なり合う。さらに、その猫と視点からのモノローグに重なる音楽は、ピアノのみで演奏される。ソロの楽器は、1人の視点を強調し、それぞれの登場人物が見る世界像を縁取る。そして、主要な映画音楽のスタイルに踏み込んだ作品ともなった。音楽に対して映像を合わせるのではなく、映像に対して音楽を合わせるということが行われたのである。

 

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その後、新海誠監督の作品には、天門の音楽はなくてはならない存在となったといえる。2002年の『ほしのこえ』、2004年の『秒速5センチメートル』、2007年の『雲の向こう、約束の場所』、2011年の『星を追う子ども』といった彼を代表する映画作品から、1分ほどの2007年の『猫の集会』といった短編作品まで、2人は共に仕事を続けていった。天門の音楽は、ピアノを中心としており、それは『遠い世界』におけるエリック・サティの『ジムノペディ』を受け継いでいるとも考えられる。しかし、彼の音楽が、新海誠監督が描き出す美しく繊細な背景の映像、その背景に含まれる物語、登場人物の感情の表現を捉えた音楽となっていることは特筆すべきことである。『秒速5センチメートル』におけるシンプルなピアノの優しい音色は、自然の中の光の美しさを表現し、同時にそれは、モノローグ、少年と少女の関係といったこととも重なり合う。また、ピアノだけでなく、アコースティックギターも用いているが、1つ楽器を中心に据え、世界を見ている1人の視点に焦点が当てられているという軸は変わらない。これは、主人公の視点を音楽の中に集約し、その主人公の視点から世界を体験させるのには効果的である。

 

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雲のむこう、約束の場所』においては、ヒロインの沢渡佐由理がヴァイオリンをソロで演奏する音楽が、映画におけるメインのモチーフとなる。歳を重ねた主人公3人が集った際に、ヒロインに思いを寄せる藤沢浩紀が、終盤で同様の楽曲をヴァイオリンで演奏し、3人の仲の良かった頃の過去の風景が回想されるシーンでは、ソロの楽器編成からさらに大きな楽器編成へと移行する。ヴァイオリンのソロの音色から、その音楽は映画内の最大も盛り上がりとなっていくのである。終盤で、現在から過去、過去から現在へと向かう3人の複雑な関係は、それまで劇中で何度もアレンジされながら積み上げられていったメインのモチーフを大々的に流すことで表現されている。

この映画内に流れる音楽の手法は、後の『星を追う子ども』の鉱石ラジオから流れる歌声としても使われている。また、現時点で、新海誠監督と天門の最後の長編作品となっている『星を追う子ども』では、ゲーム音楽出身の天門が、新海誠監督作品を手掛けていく中で、映画音楽家としての1つの到達点となった作品であるといえるのではないだろうか。映像の中の運動性という観点からも、動きに合わせて細かなスコアリングがなされ、オーケストレーションもシンプルなものから、多くの楽器を編成したものとなっている。

 

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天門は、主題歌の旋律をインストゥルメンタルの楽曲として映画の中に取り入れることを、『ほしのこえ』から現在に至るまで行ってきた。『きみのこえ』の「THROUGH THE YEARS AND FAR AWAY(HELLO, LITTLE STAR)」、『雲のむこう、約束の場所』の「きみのこえ」は、天門の作曲した主題歌であった。一方で、主題歌のみに関してはそれ以降の作品には、別のアーティストが作曲家として起用された。『秒速5センチメートル』における「One more time, One more chance」の山崎将義、『星を追う子ども』における「Hello Goodbye & Hello」の熊木杏里である。しかし、その他のアーティストが作曲した音楽であっても、劇中において天門によってアレンジされたその楽曲は、天門の音楽の優しい音色の特徴が表れており、彼が作曲した劇中のオリジナル音楽とも統一性が保たれている。そして、すでにその主題歌の旋律を天門によるアレンジによって聴いていた観客は、違和感なく、エンディングで流れる主題歌を耳にし、映画を象徴する音楽として響くのである。

 

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2009年には、新海誠監督と天門のコラボレーションが10周年を迎えた際に、アニメ、ゲーム音楽を演奏するために結成されたオーストラリアのエミネンス交響楽団を起用し、『彼女と彼女の猫』、『ほしのこえ』、『雲の向こう、約束の場所』、『秒速5センチメートル』に至るまでの楽曲を収録した『新海誠作品イメージアルバム「Promise」』がリリースされた。それは、2人のそれまでの関係の集大成ともいえるアルバムとなった。

 

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2013年の『言の葉の庭』では、音楽は天門からKASHIWA  Daisukeに交代となった。しかし、新海誠監督の映画を貫くピアノの音色は、使われ続けている。その音楽は、映画内では、ほとんどがピアノのみで表現された。天門の音楽と比べて、音の1つ1つが非常にはっきりと、演奏の強弱によって示されるピアノ音色は、梅雨の雨脚の強さや弱さ、そこに差し込む日光の柔らかさ、その背景と呼応する心情を表現する。映像の中の雨の1滴1滴がピアノの1音1音に対応しているかのようである。シーンの切り替わりにも、ピアノの音が鋭く切り込み、コマ単位で映像と音楽が合わせられている。ピアノのリズムが相対的な感情の速度や、その周りで流れる時間を表している。

この作品で、注目したいことの1つは、ミニマリスト楽派のアルヴォ・ペルトが作曲した『鏡の中の鏡』に近い音楽が流れることである。『ジムノペディ』を作曲したエリック・サティも、ミニマル・ミュージック登場以前に、それと近い音楽の作曲者であったと考えられている。それゆえに、新海誠監督の最初のアニメーション『遠い世界』の音楽とも繋がる。また、『言の葉の庭』の音楽全体が、ミニマル・ミュージックを彷彿とされることにも納得させられる。

秦基博の「Rain」は、歌曲として物語の終盤で初めて登場することとなる。これは、新海誠監督の作品にとっては、1つの転換点であると考えられる。ゲームのオープニング映像、企業CMなどには、音楽に映像を合わせる方法がとられていたであろう作品も見受けられるが、新海誠監督は、ある程度の長さのある映像作品の中にも、歌曲を1つの独立したMV(ミュージックビデオ)のように取り込むということも考え始めているようにも感じられる。『言の葉の庭』では、秋月孝雄と雪野百香里の関係が1つの結論に到達した際に、本編からエンドクレジットを繋ぐ楽曲として主題歌「Rain」が流れ始める。「Rain」が流れるエンドクレジットの後に、後日談が語られるこを考えれば、挿入歌のような使われ方とも考えられる。

 

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今年、2016年の『君の名は。』では、バンドグループのRADWIMPSを起用している。歌曲は4曲登場する。「前前前世」、「スパークル」、「夢灯籠」、「なんでもないや」である。グループのメンバーである野田洋次郎が歌曲以外の本編中の映画音楽も担当した。そして、MVのように本編中に歌曲が挿入されているのは、新海誠監督にとって、新たな試みであったといえる。新海誠監督によれば、その音楽のために、台詞を削った箇所や尺を伸ばした箇所がいくつもあったとのことである。そして、この作品においては、台詞も歌声も、物語に絡み合って音の主役が次々に入れ替わっていくのだと述べている。それは映画音楽の在り方を恐らくは問うている。映画音楽とは、映像を支えるだけでなく、映画の中で主役となり、独立した機能も持つべきものでもあると。その本編にMVのように挿入された歌曲は、主張が強すぎて違和感をもたらしてしまった事実も否めない。本編内のインストゥルメンタルの楽曲は、これまでの新海誠監督作品の音楽を踏襲しているピアノや弦楽器によるシンプルなものであったが、それと比べて、J-POPにおけるロックバンドの楽曲との差異は余りにも開いていた。しかし、一方で、それは映像に音楽を合わせるのではなく、音楽に映像を合わせるということへと向かい、映画音楽とは何かを模索し、新たな表現に挑戦している過程であると考えられる。恐らく、最初のアニメーション『遠くの世界』のような歌声のない音楽に始まり、最近のやなぎなぎが歌声を担当したZ会受験生応援ストーリー『クロスロード』のような作品にも、その断片を見出すことができるのであろう。そして、これは、エリック・サティから、天門との出会いを経て、ロックバンドのRADWIMPSへと至った結果として、新海誠監督作品に表れた新たな映画音楽の側面であり、これからの彼の作品の動向には注目が必要であろう。